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第46回 「湖北観音と湖南三山ツアー」散策会(06/11/25〜26)

 コース:11/25 長浜駅〜渡岸寺(向源寺)〜赤後寺〜西野薬師堂〜黒田観音寺〜木ノ本地蔵〜石道寺〜己高閣・世代閣〜円満院(宿泊)

 11/26 三井寺〜石山寺〜建部大社〜善水寺〜長寿寺〜常楽寺

 参加者:カズさん(幹事)、ちずさん、あいすさん、青丹吉さん、わくぼんさん、ちーちゃんさん、hiroさん
鶏足寺の紅葉
■長浜駅に集合

 「一豊と千代」に合わせたのか、今年新装なった長浜駅で、カズさん、ちずさん、わくぼんさん、あいすさんと合流しました。後のお二人とは初対面です。今の天気は上々ですが、最後までもってくれるでしょうか。ここから観光タクシーで、湖北の七つのお寺を目指して出発しました。


■渡岸寺(どうがんじ)

 狭い集落の道をしばらく曲がっていくと、仁王門前の広場に着きました。仁王像は精悍でしたが、後代の修復のため国宝にはならなかったとのこと。

 境内は程良く紅葉し、正面の本堂の本尊は真宗のため阿弥陀如来です。国宝の十一面観音像は本堂横の収蔵庫ですが、今は東博に出張中です。ここは有料ですが割引はありません。その埋め合わせか、住職直々に説明して下さいました。

 十一面のうち二面が耳の横にあるのはここだけで、頭上面の大きさを目立たせないためであること、幾たびの戦火を村人が畑に埋めて逃れたことなどをお聞きしました。

 正式名称は向源寺ですが、真宗の本尊は阿弥陀如来しか許されないため、「渡岸寺観音堂」と名のっているそうです。仏の世界も厳しいものです。


■赤後寺(しゃくごじ)

 集落の奥、石垣の上の高いところにお堂があります。日吉神社という鳥居をくぐっていきます。

 狭い堂内に、大きな厨子があります。その屋根は唐破風、日光東照宮のような彫刻がびっしりと施されています。これは東照宮造営にかり出された彦根藩の職人が造ったらしいとのこと。

 厨子の鍵が開くと、二体の観音様が現れます。聖観音と千手観音ですが、腕がとれていたり損傷が激しいです。戦乱の際、川に沈めて隠したため、流れてしまったのだろうということです。

 最近まで年一度だけ、よそ者に見られぬよう、まわりを幕で囲って村人にだけ開帳してきたそうです。災いを転じて福となす「転利(ころり)観音」と呼ばれていたのが、字音からぽっくり往生の信仰もされています。


■西野薬師堂

 田んぼの中の公園のようなところに小さな堂があります。本尊は上品下生印の阿弥陀如来に見えますが、薬師如来とのこと。また十一面観音像もあり、どちらも平安時代の穏やかな面相です。

 ここで「奥琵琶湖観音路」のパンフレットを100円で買いましたが・・・。


■黒田観音堂

 一路北上した木ノ本町の空き地のようなところにあります。本尊は大きな(蓮台込みで3m)の千手観音ですが、手の本数や持物などから平安初期の准胝観音と見られています。

 裏山の紅葉・黄葉がきれいでした。

※ 渡岸寺以外は到着に合わせて土地の人が開けてくださいました。


■昼食(余呉湖荘)

 琵琶湖と賤ヶ岳を隔てた余呉湖畔のレストランで昼食です。

 ここは古戦場で今も出る、うちの近くの一ノ谷でも出る、などという楽しい話で盛り上がりましたが「自分は見たことないけど」という前置きが必ずつきますね。何の話でしょう。


■木之本地蔵院

 余呉湖を一周し、北国(ほっこく)街道を木ノ本町に向かいました。かつては北陸に抜ける主要な街道筋で、町内中心部には杉玉を下げた造り酒屋や、古い看板の薬屋などがあります。

 街道に面して入り口があります。まず目に入るのは、日本一、高さ6mの露天の銅造地蔵像です。明治時代の本尊の模刻です。本堂の本尊は秘仏、眼病平癒が御利益だそうです。

 「お戒壇巡り」もありました。曲がりくねった通路を抜けましたが、よくある「鍵」がありませんでした。他の人に聞くとちゃんとあったとか?


■石道寺

 対向できないような細い道を山に向かい、川沿いの狭い駐車場から対岸にお堂が見えています。紅葉が見事でした。

 こんな山奥にも関わらず大勢の参拝者です。バスガイドに先導された団体もありました。

 「石道(いしみち)の観音さん」と呼ばれる十一面観音は、先ほど買ったパンフレットによると平安時代の妖艶な感じのする像ですが、堂の外から見ただけでしたのでよくわかりませんでした。


■鶏足寺跡

 ここから鶏足寺に向かう山道は嵐山と間違うほどの人出で賑わっており、途中の広場には露店のテントも出ていました。その広場から道をそれて石段を上がったところが鶏足寺跡です。紅葉のトンネルになっている、石段の上に仮堂が建っています。広場だと思っていたのはお寺の諸堂の跡地でした。寺地はかなり広大であったようです。

 鶏足寺や他の山中のお寺の仏像などは、これから行く「己高閣」と「世代閣」に納められています。


■己高閣と世代(よしろ)閣

 石道寺から30分ほど歩いて人里に出た所の與志漏(よしろ?)神社の境内にある、近代的な収蔵庫です。己高(こだかみ)山中に点在するお寺は、現在では荒れ果てて管理ができないため、寺宝類を集めて収蔵しているということです。

 己高閣には、七仏薬師や行基作という十一面観音像が並んでいます。法隆寺の百済観音のように顔が風化して風格があります。ここでは先のパンフレットが200円でした。

 世代閣には戸岩(といわ)寺の仏像や仏具が収蔵されています。本尊は薬師如来です。ここもバスの団体さんが多かったです。


■円満院門跡

 親切なタクシーの運転手さんとも別れ、明るい木之本駅から暗い大津駅まで1時間、秋の日はつるべ落としでついに円満院に到着です。三井寺に隣接しているので塔頭の一つなのかと思っていましたが、単立の門跡寺院だそうです。

 廊下などは民宿のような感じですが部屋は立派で、18畳の広い部屋に(カズさんと)二人で泊まるのはなにか落ち着かないですね。テレビやエアコン、バストイレも各部屋にあります。ほーりーさん著の「宿坊に泊まる」も箱に収めてありました。

 食事は襖で仕切られた大広間の一角で精進料理でした。学校の合宿などにも使われているようで、襖を取り払えば百数十人で一斉に食事がとれそうです。

 食前の作法などは特にありません。お膳2つに12品が並び、食べ終わってみると結構なボリュームでした。薄味で素朴な料理です。「茶碗蒸し」は卵なのか山芋あたりなのか結論が出ませんでした。

 温泉ほどではありませんが大浴場も清潔で大きかったです。


■円満院門跡(朝のお勤め)

 朝7時からのお勤めは自由参加です。4時起床かと思っていましたがのんびりですね。

 「天寿殿」の阿弥陀像の前で阿弥陀経と般若心経を読誦します。いすに腰掛けて、何かの粉(香?)を手につけてこすり合わせ、お寺の方数人と声を合わせて読みます。阿弥陀経は親の月参りでよく聞いているので大体覚えているつもりでしたが、漢音読みで勝手が違いました。「極楽国土」が「きーらっけきど」という具合です。般若心経は普通の呉音読みでしたが。

 後の座禅は遠慮して、併設の「大津絵博物館」を見学しました。博物館も庭園も見事でした。宿泊者は何と無料です。朝食は8時から、今度は明らかな卵焼きがありました。


■三井寺

 すぐ隣の大門前で、ちーちゃんさんと合流しました。白い上着のお遍路さんみたいな団体とすれ違い、広い境内を歩き出すと、気のせいか雨がぱらつきだしたようです。

 金堂は工事中で、シートの隙間から出入りします。金堂脇の閼伽井屋で湧いている水が「御井」で、そこから「三井寺」になったというのは今度初めて知りました。紅葉にはやや早いですが、緑・黄緑・黄・朱・紅といった様々な色が混じり合ってかえって美しいかも知れません。

 広い境内に点在する諸堂を過ぎ、石段を上ると観音堂です。西国三十三所の十四番です。市内や琵琶湖が一望できます。対岸には長命寺山も見えます。


■石山寺

マッチ箱のような京阪電車で石山寺に向かいました。駅からは10分、山門前は大にぎわいです。入ってすぐ右手の「拾翠園」という休憩所みたいな所の、文字通り「紅」葉が最も鮮やかだったのではないでしょうか。

 急な石段を上がった広場ではみんな写真を撮っています。「石山」の語源の10mほどの奇岩(天然記念物珪灰石)が佇立し、奥には紅葉と多宝塔が見える絶好の背景です。本堂内陣が特別拝観になっていたので当然のように入ると、若いお坊さんが熱心に説明してくださいました。本尊の胎内から発見された小さい仏像が展示されています。

 顔に書いてあったのか「お寺好きの方の集まりですか」と聞かれてしまいました。

 本尊の秘仏如意輪観音は10年後の開扉です。先ほどの石の続きがここまで来ており、その石を台座にした5mの大きな像だそうです。西国十三番です。石山寺は紫式部が籠もって源氏物語を書いたそうで、本堂横の「源氏の間」に紫式部が座っています。その後多宝塔や「紫式部展」などを見、門前の食堂で「名物しじみご飯」なるものをいただきました。しじみは河口付近の汽水域の貝なのに瀬田川名物なのは、かつて大阪湾が内陸まで入っていた名残とか。


■建部(たけべ)大社

 ちーちゃんさんと別れ、「近江一の宮」の建部大社に向かいました。祭神は日本武尊です。みんな歩き疲れて1駅だけ電車に乗り、瀬田の唐橋を渡ってやっとのことで到着です。多賀大社よりずっとこぢんまりした境内です。七五三のシーズンで何組か祈祷を受けていました。

 戻り際、旧東海道筋の面影を残す古びた菓子屋で「たにし飴」を買った人がありました。たにしのエキス入りなんでしょうか・・。1つ分けて貰うと、疲れた体にたにしパワーがピリッと充満しました。


■善水寺

 hiroさんと合流し、JR甲西駅から観光タクシーに乗りました。岩根山の中腹の善水寺まではくねくねした山道です。駐車場には露店も出ており、結構多くの参拝者がありました。

 室町時代の本堂は国宝です。秘仏本尊薬師如来の厨子両側には十二神将が並び、西明寺内陣と雰囲気が似ています。「特別公開」ですが、秘仏公開ではなかったようです。


■長寿寺(東寺・ひがしでら)

 本降りとなる中常楽寺を通り過ぎ、長寿寺に向かいました。「門限が厳しいさかい、先に長寿寺に行きます」と運転手さんが(たぶん常楽寺に)電話をしていました。

 檜皮葺の小さな山門からの参道は長く、紅葉のトンネルのようです。国宝の本堂内陣に入ると、年輩の元気な女の方が説明をして下さいました。この方は他のHPを見ても印象に残る方のようです。「如来さんは智恵があるから頭にこぶがある」と阿弥陀・釈迦如来像を説明していただきました。本尊は秘仏子安地蔵です。

 後陣へ回ると「地蔵さんは菩薩やから頭が丸いでっしゃろ」と。地蔵以外の菩薩像は冠で見えませんが、確かに中宮寺像も丸いですね。

 「収蔵庫に副住職がいるから行って下さい」とのこと。「副住職」とは多分息子さんで、本業は学校の先生あたりなんでしょう。

 収蔵庫には、大きさ日本一という丈六阿弥陀如来像が鎮座しています。若い副住職さんがしきりに恐縮しながら説明して下さいました。本尊の開扉は住職一代一回とおっしゃっていたような気がします。境内のテントでは、地元の方が十人ほど談笑しておられます。地元挙げての一大イベントという感じです。


■常楽寺(西寺・にしでら)

 薄暗くなりました。すぐ正面が本堂、左上方に三重塔が見えます。どちらも国宝です。長寿寺を含め、国宝建築が密集しています。この地域は一時期は「阿星山(あぼしやま)五千坊」という、天台宗の一大拠点だったそうです。

 待っていた住職さんが説明して下さいました。こちらも面白い方です。

「湖東がやるなら湖南でもという話が5月頃持ち上がり、会社を1か月休んで掃除をして、戻ってみたら椅子がなくなっていたから、仕方なく住職に専念することにした」「壁まで掃除できなかったが、拝観者がもたれてきれいになった」など真偽のほどは不明。

 本尊の秘仏千手観音は3年前の開帳で、次は30年後になります。

(レポート:青丹吉さん)



■奥びわ湖観音めぐり

 11/25(土)のみの奥びわ湖観音めぐりの参加となりましたが、皆様お疲れ様でした。

 小さな集落の皆さんで守られている観音様達を間近で見られて、とても感動しました。あちこち欠けていて、痛々しいお姿の観音様もおりましたが、琵琶湖周辺にはそういう形で守られているの観音様達が沢山いらっしゃるようなので、また機会を作ってお参りに行きたいと思います。

(レポート:わくぼんさん)



■関連リンク

円満院門跡三密殿






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