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(三)写経

 印刷技術もコピー機もなかった時代、本を増やす唯一の方法は、書き写すことでした。このため奈良時代には各地の寺院に納める経典を作成するため、官営の写経所が設けられていました。



 また写経は単なる作業としてだけではなく、お経を書き写すこと自体に先祖供養や現世での功徳があるともされました。御利益を求める貴族や有力者によって活発に経典が写され、紺地金泥や装飾が施された経本も作成されるなど、平安時代以降、写経は非常な発達を遂げています。

 時代が下るとそれは庶民にも広がり、お参りしたお寺に書き写した経を奉納する風習も生まれました。四国の霊場を廻るお遍路では、今でもお寺を参拝した証しに納経帳に御宝印を頂きますが、これはもともと『納経』の言葉が示すとおり、写経したものをお寺に納めた印のことでした。

 印刷技術の発達した現代では、わざわざ手間暇かけてお経を写すことになど、何の意味もないように思えます。

 しかし文字を打つのにキーボード、書類はコピーで丸写し。筆はおろか鉛筆さえ持たなくなってきた今だからこそ、写経には全く新しい役割が求められています。

 何よりもまず、心を落ち着けて墨をする。文字を書くのにこの段階から心の準備を始めていく。

 本格的な写経では身を清めるために、丁子(ちょうじ)を口に含み、塗香(ずこう)を手にすりこんで身を清め、香炉をまたぐこともあります。そこまではいかなくとも、硯で擦られたほのかな墨の香りは、これから文字を書くぞという引き締まった気持ちにさせてくれます。

 墨を充分に擦ったら筆を整え、一文字一文字と真摯に向かい合う。心が乱れればたちどころに文字も乱れるシビアさは、パソコンや携帯電話に慣れた生活には忘れられた集中力を必要とします。

 般若心経であれば二百六十二文字。書き写された文字はそのまま仏の姿とも言われますが、少しずつ用紙に埋まるお経が、いとおしくすら思えてくるのが不思議です。

 私自身は字が下手な方(それも、ある宿坊の住職に「君は字が下手だね〜」としみじみ言われたほど)ですが、下手は下手なりとしても、相手が読むことを考えた字を、普段から書いているだろうか。字を見た相手が気持ちよく読めるようにと、気を配って書いていただろうか。そんなことを反省させられてしまいます。

 字に限らず、相手のことを思いやって行動しているだろうか。

 「弘法は筆を選ばす」「弘法も筆の誤り」などということわざも残るほど、書の名人として有名な空海の文字を見たことがあります。これはすっと筋の通った、カリスマすら感じる美しい文字でした。

 多くの人の心を動かし、計り知れない偉業を成し遂げたことと、この文字の美しさとは無関係ではない。強固な説得力を持つ筆遣いだけで圧倒されたのは、このときが初めてです。

 自分がいかに言葉を大事にしていないか。字は相手に想いを伝えるものだというのに、そんなことすら考えもしない自分に、写経を通して気づかされました。

 丁寧に、丁寧に。一文字ごとに息をつき、立ち止まることで見えるもの。

 坐禅は時間が過ぎれば終了しますが、写経は自分の力で筆を動かさなければ前には進みません。

 気を配りながら、葛藤しながら。写経で磨かれるのは、相手に想いを伝える心の発信力です。




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