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(二)阿字観

 坐る修行の一つに阿字観というものがあります。これは密教で行われる瞑想法で、見た目は坐禅とほとんど変わりません。坐り方も結跏趺坐や半跏趺坐ですが、目の前に阿字観本尊と呼ばれる掛け軸を置くことが、坐禅とは異なっています。



 そのため阿字観は掛け軸を前にした坐禅と思われることが多いです。しかし両方体験してみると、両者には内面の働きに大きな違いがあることが分かります。

 阿字観で坐るときに目の前に置く掛け軸。これを『阿字観本尊』と言いますが、円(月輪)の中に「阿(ア)」という梵字が書かれています。

 これは宇宙の中心仏である大日如来を現す言葉です。「ア」は全ての物事の始まりで、阿字観ではこの大日如来と同体となり、身体の中に大宇宙そのものを感じることを目的としています。

 具体的なプロセスは、阿の字を見つめることから始めます。

 阿の字に向けて息を吐き出し、その息が弧を描いて戻ってくるように息を吸う。阿の字と呼吸を合わせたら、円と自分を少しずつ近づけ、重なって胸に収まるようにイメージします。

 そして円が十分に胸に収まったら、今度はゆっくりとその円をふくらませていきます。お堂全体に広げてからさらに外へ、今いる街、県、日本、地球と果てしなく拡げ、宇宙の全てと一体となったところで、しばらくその満たされた世界に身を委ねます。

 坐禅が頭と心を無にするのなら、阿字観は逆にたっぷりと良いイメージで満たすことを目的としているのです。ここが両者の最大の違いと言えるかもしれません。

 宇宙の命と自分は一つのものという平穏な境地。静かな瞑想の中で喜びを感じたら、今度は円を地球大から日本、県、街、お堂へとしぼませていきます。最後に自分の胸の大きさまで縮め、目の前の掛け軸に円を戻すと終了です。

 このように阿字観にはイメージトレーニングのような側面があります。かなりの集中力が必要ですし、全ては心の中だけで完結します。

 坐禅は余計なことが次から次へと頭に浮かんで体験者を悩ませますが、阿字観にはその暇がありません。私の場合は穴のあいた風船に必死に空気を送り込もうとするように、膨らんではしぼむイメージと格闘するのが大半です。

 ちなみに私に阿字観を指導していただいたあるお寺の先生は、膨らんだままの感性を日常に持ち込むことは、特別意識だけが高まり危険だとおっしゃっていました。人工衛星から眺めたままでは生活はできないと。そのために最後に円をしぼませ、日常空間に戻る作業が必要になるのだそうです。

 悟りとは悟ったら悟りっぱなしになるわけではなく、一つの精神の状態を表す。だから悟りを開いた高僧も、常に悟り続けているわけではないのだという。

 ここまでくると私達には及びもつかない世界ですが、日常の中で一点だけ精神を別の次元に引き上げる。一歩離れたところから俯瞰し、また元の視点に引き返す。それが自分の立ち位置を確認し、心と身体に安定をもたらすことになります。

 イメージを鍛え、創造力を刺激する。それは相手の立場に立つことにも、自分の未来の一歩先を見通すことにもつながります。阿字観で私が手に入れたものは、心の引き出しを使い分ける、切り替えの作業です。




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