宿坊研究会 〜座禅・写経・精進料理など、楽しさ満載!〜  
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泊まる前に知っておきたい、宿坊を3倍楽しむコツ

宿坊でしかできない仏教・神道体験!

 宿坊でできる体験には、実際に私が参加したものだけでも、坐禅、写経、阿字観瞑想、精進料理、お勤め、護摩祈祷、滝行などがあります。その他にも声明、写仏、僧・尼僧体験、修験道体験など、数え挙げれば切りがありません。



 これらはもともと「修行」として行われているものであり、けっして軽い気持ちで行うべきではありません。しかし私達一般の人間が挑戦する場合には、必要以上に身構えることもないでしょう。

 私は宿坊の良さの一つに、こうした体験に気軽に触れる機会が得られることがあると考えています。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、宿坊での体験はデパートの試食コーナーのようなものと捉えても、構わないのではないかと思います。

 あなたもデパートの地下にあるお総菜コーナーでは、試食品を食べながら今日の夕食は何にしようかと考えたりはしませんか?

 美味しいと感じて購入することもあるでしょうし、逆に自分の口には合わないと、別のものを選ぶこともあるでしょう。なかには最初から買うつもりなど全くなく、何となくぱくぱくと食べていく人もいるかもしれません。

 宿坊についても同じ事が言えます。

 坐禅をしてみたいと思っても、いきなりお寺の門を叩いて修行僧になろうと考える人はいないでしょう。一度だけ試してみたいという方もいれば、生活に取り入れようと考える方もいます。ときには本当に修行僧を志す人もいるかもしれませんが、どちらにせよ自分に合うかどうかは坐ってみなければ分かりません。

 お総菜コーナーの美味しそうに焼けたウィンナーでさえ、食べてみないと美味しいかは分かりません。ましてや今まで経験したことがない坐禅や写経では、一口も食べずに味を想像するなど不可能です。

 宿坊は宿という性質上、体験は一日限りで終わります。だからこそ、普段お寺と縁のない人が坐禅などを試せる場として、貴重な存在と言えるのです。

 実際の宿坊では、多くの人がこうした仏教体験(あるいは神道体験)に参加して、先入観から抱いていたイメージと、現実とのギャップに驚きの声を上げています。

 坐禅や滝行などといえば、普通に考えれば辛く苦しい修行という連想が成り立ちますが、実際に体験した人の言葉を聞くと、

 「気持ちがすっきりした」
 「終わったときには爽快感があった」
 「心が楽になった」

 など、正反対の感想が聞き取れるのです。

 私の友人の言葉を借りると、

「今まで坐禅や滝行には罰ゲームのようなイメージがあったが、最近は癒しの手段として良い意味で認識が変わってきた」

 とのことです。

 私自身も坐禅や滝行をしたときには、もちろん苦しさは感じます(初心者が行うレベルなので、そんなに極端なものではありませんが)。

 坐禅では身動きできずに窮屈な思いをしたり、足のしびれや痛みにもぞもぞと身体をよじらせたり。滝行を行えば水量の多さに息苦しさを覚えたりして、そこには修行としての大変さがあります。

 しかしその後が重要なのです。終わった後には晴れやかな気持ちになれる。身体中のもやもやが洗い落とされ、新鮮な空気が血液を流れていくように爽快な気持ちになれるのです。

 これは単に苦しい思いから開放されたということだけではないでしょう。

 坐禅であれば呼吸を整えてひたすらに自分と向き合った30分が、滝行であれば身体中で水や空気を浴びた冷たさや圧力が、日常にため込んだストレスやささくれだった心の棘を抜きさってくれ、気持ちをリフレッシュさせてくれるのです。

 坐る前も坐った後も、端から見れば何も変わらないかもしれません。

 しかしこうした体験は、エステやリラクゼーションとはまた違った疲れを取り去ってくれます。そこに宿坊が選ばれる理由があり、多くの人の驚きの声がそれを証明しているのです。




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