宿坊研究会 〜座禅・写経・精進料理など、楽しさ満載!〜  
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泊まる前に知っておきたい、宿坊を3倍楽しむコツ

宿坊に関する三つの誤解

(三)食事が質素、お酒が飲めない

 修行僧が食べる精進料理は、驚くほど量がありません。

 朝食はお粥と漬け物。昼食でもご飯とみそ汁、漬け物、おかず一品。夕食は正式な食事ではなく飢えをしのぐための薬とされ、小さい器にご飯やみそ汁などが盛られます。



 このため身体が慣れるまでは、栄養不足で脚気にかかる方もいるそうです。修行を続けるうちに身体が順応していき、やっと生活をしていくことができるようになるとのことです。

 修行の精進料理はこのように日々の身体作りをした上で頂く食事のため、一般の私たちにとって、その量はあまりに少ないものです。「精進」という言葉にも修行をして己を磨く意があり、どうしても精進料理には質素・過酷というイメージが連想されます。

 しかし一方で精進料理には、お祝いの料理、もてなしの料理というものが存在します。

 こちらは仏教的な行事のある日やお祝い事のある日、大切なお客を迎える日などに出される料理で、仏様にお供えするための食事でもあります。

 同じ精進料理と言っても、見た目も華やかで品数も豊富、様々な工夫を凝らしてバラエティーに富んだものです。根っこの精神的な部分では共通の基盤があり、切り離して考えることが正しいとは言えませんが、この二つに同じ名前がついていることが、そもそもの混乱の始まりです(なので私はよく、「修行の精進料理」「もてなしの精進料理」と呼び分けたりしています)。

 江戸時代の旅人達は移動手段が徒歩しかなく、また旅の目的も所属する村を代表しての豊作祈願など、参拝には必死の想いがありました。

 そのため宿坊に泊まるときには、「良くここまで辿り着きました」「参拝を無事に成し遂げることができました」と、お祝いの席になるものだったようです。そこで出される料理も、もちろん自然と華やかなものになります。

 この流れを受け継いでいるのが、私たちが宿坊で頂く精進料理なのです。ですから、安心して食事を楽しみましょう。

 また精進料理には大切な心がけとして、「喜心」「老心」「大心」という三つの言葉が説かれることがあります。

 これは料理をさせて頂くことに感謝をすること。食事をする方を思いやって調理すること。そして常に向上心を持って料理に取り組むことを意味しています。

 精進料理はこのような心で幾世にも渡って磨き上げられてきた料理です。ですから美味しくないはずがありません。

 ときには出汁を取るだけで三日も仕込み、胡麻豆腐を練り上げるために夜明け前から胡麻を擦る。また口にする食材自身への感謝として、素材の味を最大限に生かした調理に心血を注ぐ。

 現在宿坊で頂ける料理はこのような歴史があるため、一流料亭にも負けない味に出会えることが少なくありません。はっきり言って、食べるのももったいないと思えるような、美味しい料理にも数々出会えます。

 そして食事に関するもう一つの大きな誤解には、宿坊ではお酒が飲めないのではないか? というものです。

 禅寺の門の前には「不許葷酒入山門」と書かれた石柱が立てられていることがあります。これは言葉の通り、『葷(臭いの強い野菜)』や『酒』が門の中(つまりお寺の中)に入ることを禁ずという意味です。

 修行僧にとって、お酒はタブーの一つでした。だからなのか、宿坊に泊まってもお酒は飲めないと思われている方は多いです。

 しかし実のところ、宿坊ではお酒は飲めます。

 大抵の宿坊では食事の時にお酒を出していただくことは可能ですし、常識的な範囲であれば、とがめられることもありません。中にはお酒が名物となっている宿坊さえあります。

 山梨県の大善寺はぶどうの産地の勝沼にある宿坊ですが、ここはぶどうをこの地に伝えたお寺と言われ、本尊はぶどうを持つお薬師様として有名です。そしてお寺の畑で採れたぶどうで住職自ら搾ったワインはこの宿坊の楽しみの一つです。

 私も宿泊した際に頂きましたが、フルーティで飲みやすく、すっきりと美味しいワインでした。特に女性陣には好評で、みんなでおかわりまでしてしまったほどです。

 余談ですがお寺には、『般若湯』という言葉があります。

 これはお酒を意味する隠語ですが、昔の修行僧は「これはお酒ではない、般若湯だ」と言いながら、お酒を飲んでいたそうです。高野山のお土産屋ではこの名前でお酒が売られており、宿坊でも時々お酒を般若湯と呼ぶことがありますが、その名前はここに由来します。




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