宿坊研究会 〜座禅・写経・精進料理など、楽しさ満載!〜  
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泊まる前に知っておきたい、宿坊を3倍楽しむコツ

宿坊に関する三つの誤解

(二)恐いお坊さんに一喝される

 雪の降りしきる中、薄い衣の托鉢僧が草履履きで歩く姿や、凍るような静寂の坐禅堂で一列に坐る若い雲水など、あなたもテレビや雑誌で見た覚えがあるかもしれません。

 これら修行僧の姿には迫力がありますが、それだけに実際にお寺に泊まると、テレビなどで見る厳しい修行風景が頭をかすめてしまうのは、当然なことと言えるでしょう。



 お坊さん=恐いものという連想は、きっとどこかにあるでしょうね。それは警察=恐い人と同じくらいにあるかもしれません(偏見です……)。

 修行風景の映像も然り。お寺と言えば修行をする場所ということは(全てのお寺に当てはまるわけではありませんが)、間違いではないのですから、連想ゲームが働いてしまうのも無理はないわけです。

 また、なかにはお寺と言えば、お葬式を思い浮かべる方もいるかもしれません。お坊さんと言えば「袈裟を着て仏壇でお経を唱える後ろ姿」というのも、ありがちなイメージです。

 修行にもお葬式にも、どこか沈鬱な空気があります。このようなイメージが積み重なれば、特に普段お寺と接点のない方ほど、恐ろしさを感じても不思議ではないでしょう。

 私が実施したアンケートでも、お坊さんに対して「厳格」というイメージを持っている方が多くいました。世間にはこのようなイメージがあるのですから、お寺に泊まるということに「厳しさ」が想像されるのもうなずけることです。

 また宿坊に泊まると、坐禅をして棒で叩かれるのではないかと心配される方がいました。同じく掃除をしたり、働かされるのではないかと身構えられていた方もいました。

 坐禅の時、指導僧が木の棒を持ち歩き、集中力の切れた人をピシリと叩くシーンを、テレビで見た方はきっと多いでしょう。

 あの棒のことを、お寺では『警策』と呼びます。曹洞宗では「キョウサク」、臨済宗では「ケイサク」です。

 坐禅中に雑念が湧いてきたり、眠気に襲われてきたりしたときに注意を促す意味があり、けっして罰を与えるために叩いているわけではありません。修行の世界では、棒が折れるほどに叩かれることもあったとも聞きますが、もちろん一般の人が参加する坐禅会で、そのような暴力的な叩かれ方をすることはありません。

 そもそも宿坊では必ず坐禅をするわけでもないのです。坐禅指導をして頂ける宿坊は全体の中でも一部ですし、それも希望者には時間をとって指導をして頂けるということです。

 だから坐禅を体験してみたい方はそのような宿坊を選べばいいし、坐禅を求めていない方には無理強いさせられることはないでしょう。

 これは掃除をさせられるのではという誤解にも、同じことが言えます。

 お寺での肉体労働は、作務と呼ばれています。これは坐禅を静の修行とするならば、作務は動の修行とも呼べるものです。雲水の修行の一つとして、作務は非常に大切にされています。

 しかし宿坊に私達は修行をしに行くわけではないのですから、突然ぞうきんやほうきを渡されて、掃除をさせられることはありません。もちろん体験修行を目的とした宿泊であれば別ですが、普段の宿泊では静かに自分の時間を過ごすことができます。

 もっとも私は、突然に犬の散歩を頼まれたり、ひな壇の片づけを手伝ったり、パソコンの設定をしてあげたり、ちょっと例外的にそんな経験もありましたが、それはそれで良い想い出です。もちろん、強制されたわけではありません。

 宿坊で出会うお坊さんには、気さくな方が多いものです。お坊さんといっても、けっして気むずかしい仏の道ばかりを語るわけではありません。

 比叡山では法話中に、「寒いですね。ひえー山って言うくらいですから」なんてギャグを飛ばしている方もいましたし、お寺の中で仮面ライダーの話で盛り上がっていた若いお坊さん達に出会ったこともありました。

 智積院の宿坊では、

「もともと智積院は学呂(教義を学ぶ僧侶)のための道場で、数百人もの僧侶が学寮で生活し、黙々と勤行に勤しむ光景がありました。そのため「僧侶たちの粥をすする音が鴨川まで聞こえる」とも言われ、音が学問の妨げになると当時はお賽銭箱も置かれていなかったそうです」

 と、真面目なお寺の解説をされていました。

 しかし急に、

「ちなみに今はお賽銭箱がありますが、お賽銭はなるべく音の出ない紙でお願いします」

と、ころっと笑いながらおっしゃっていたお坊さんは、強く印象に残っています。

 もともとお坊さんは人前で話をする機会が多いせいか、話術に長ける傾向があるようです。真剣な話も冗談のような話も、硬軟織り交ぜながら語ってくれる、人間味にあふれた方々です。

 宿坊はこうしたお葬式では見えないお坊さん達の素顔を見せてくれる場所です。きっとあなたもお坊さん達と話しをすれば、その素敵なトークのファンになるでしょう。

 最初から固い話ししかないと近寄りがたさが抜けませんが、一度距離感が縮まると真剣な法話も心に響く。宿坊では玄関をくぐったときから気持ちよく出迎えてもらえ、宿泊中の疑問やお寺のこと、人によっては人生相談なども乗っていただけます。

 お寺と私達一般の人との垣根を低くしてくれる。そこが宿坊の魅力でもあるのです。




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