宿坊研究会 〜座禅・写経・精進料理など、楽しさ満載!〜  
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大陽寺 リンク
電話 0494-54-0296 一泊二食 8000円
アクセス 秩父鉄道「三峰口駅」からタクシーで20分(季節により、「三峰口駅」より送迎バスあり)
特徴・見所

 山岳信仰の寺社としては珍しく女性の参拝が認められていたため、江戸時代には多くの参拝者で賑わい、「東国女人高野山」とも呼ばれたお寺です。秩父十三仏霊場の一つにも指定されています。宿坊として宿泊することや、禅堂での座禅体験、写経、精進料理を頂くことなどができます。

ほーりー記

 大陽寺は秩父の山の中と聞いていましたが、実際に行ってみると想像以上の秘境でした。池袋から電車やバス、そして最後は車で迎えに来ていただいて、合計で4時間ほどの道のりです。

 標高850m、半径5km以内には誰も住んでいないとのこと。こんな人里離れたところにお寺があり、存続しているということ自体、神秘的です。そして浅見住職の本当に朗らかなお人柄! たった一泊だけなのに、もう一つの故郷になってしまいました。

 お寺に着き、お茶を頂いて一息つくと、早速座禅開始。40〜50人くらいは坐れそうな立派な座禅堂で、まずは説明を受けます。

 注意点は腰で上半身を支えること、背筋を伸ばすこと、へその下に意識を持ち、目は半眼にして2mほど前を見る。肩甲骨を下げるように心がけると良いとのお話もありました。

 座禅堂の廊下は叉手(しゃしゅ)をし、無言で歩きます。座禅堂に入る時は入り口で一礼し、中に入ってもう一度礼をします。座禅時間は10分間隔を4セット。合間合間に経行(きんひん)が入ります。足を休めるために歩くので、初心者にも安心してできる座禅です。

 また座禅中は合掌をすると、警策で叩いて頂くこともできます。礼をして頭を下げ、右4回、左4回と叩いてくださいますが、これも痛い叩き方ではなく、優しく力づけるような叩き方でした。

 座禅が終わると座禅堂の隣にある開山堂でお勤め。この時には暗くてよく見えず、翌日に改めて説明して頂きましたが、壁には立派な天狗の面が掲げられていました。これはこの大陽寺を開いた鬚僧大師とのこと。山中の座禅で鬚が伸び、恐ろしい風貌が天狗に見えたことから、このような面が作られたそうです。ただしこの方は当時の権力争いに敗れて山へと入った方で、親兄弟すら殺しあう都の人間のほうが怖ろしいものだったと住職が語っていたのは印象的でした。

 また他にも烏天狗の絵馬や観音菩薩、不動明王、多聞天など、多くの素晴らしい仏像もあります。特に向かって右側にある三面六臂の明王像は、関東ではあまり見られない仏像とのことで必見です。

 本堂に戻るとここでもお勤めをし、夕食の始まり。料理はもちろん、精進料理! こちらは住職と昔民宿を開いていたことがあるお手伝いの方とで料理されているそうです(浅見住職は、本当に何でもできる感じです)。

 メニューは散らし寿司、けんちん汁、白菜のゆず和え、かぼちゃ、ジャガイモ、高野豆腐とにんじん、しいたけの煮物、風呂吹き大根、まいたけやサツマイモなどの精進てんぷらです。これが美味しい! 特に寒かったので、けんちん汁の温かさにほっと心が和みました。

 夕食後にはみんなで星空を観察したり、大陽寺自慢の露天風呂に入ったり。テレビもパソコンもなく、携帯電話も通じない大自然空間で、ゆーーーーっくりとした時間を味わうことができました。

 翌朝は本堂でお勤めがあり、その後ヨガ。ヨガの先生も前日から大陽寺にお泊りして、スタンバイしておりました。教えていただいたのはパワーヨガを初心者風にアレンジしたものとのこと。私はヨガは初めてでしたが、腕だけで身体を支えたり、いろんなポーズが繰り返されて、結構ハードです。

 ちなみに、ヨガの先生は私と家が近いらしく、ちょっとびっくりでした(まさか、千葉県からここまで教えに来ているとは思わなかった!)

 続いて朝食を取り、座禅。そして、甘酒〜! 正直、12月の大陽寺はかなりの寒さでしたが、ストーブにみんなで固まったり、日の当たる場所にみんなで集まったり、そして芯から温まる甘酒を頂いたり。みんなでいるから、寒ささえも楽しくなっちゃうんでしょうね。そんな素敵な時間でした。

 最後に住職を囲んでのお話会をさせて頂き、大名籠や左甚五郎の龍なども見せていただき、充実した2日間が過ぎました。本当に、山を降りるのが寂しくてならなくなるような、そんな素敵なお寺でした。
宿泊者の声

<料理>
 精進料理をはじめていただいたのですが、地場・秩父で採れた食材で作られた一品一品がすばらしくおいしく、ボリュームも満点でとっても満足しました。京都のお寺で修行を積まれたご住職の腕による料理はどれをとっても申し分のないものです。

メニュー
 夕:きのこの天ぷらづくし、けんちん汁、手打ちそば、ご飯、ゆずたくあん
 朝:ピリカラこんにゃく、かぼちゃのきのこあんかけ、さといも煮、ご飯、味噌汁、ゆずたくあん

<部屋,設備>
 お風呂は一般的な家庭用タイプ(新しく清潔)。夜は冷え込むので部屋は、本堂の真横の寺務所に泊めていただきました。今回は私たち二人だけでしたが、一度に10人くらい? はとめていただけるそうです。

<お勤め>
 臨済宗でわりと短め、朝夕あり。

<座禅体験>
 こちらも初めての座禅体験でしたが、ご住職に丁寧に教えていただき、いろいろ加減(?)もしていただいて、無理なく体験することができました。お寺は周りに人家のない山奥にあり、聞こえてくるのは川の流れる音と鳥の鳴き声のみ。そして、11月初めの冷え込みで空気がピンと張り詰める中、体の中から自然と一体になって浄化されていくような新鮮な気分を味わえました。

<見所>
 宝物館、えんま堂、それから何と言っても切り立った山に囲まれた秘境にあることです!

<全体>
 ご住職はとてもご熱心な方で、みなさまに興味を持ってもらえるよういろいろな努力を日々積まれています。私たちのどんな質問にも丁寧に答えてくださり非常に近く感じました。一泊二食つきで7500円はかなりお値打ちだと思います。
宿泊者の声

 電車を乗り継ぎ、バスに乗り換え、約4時間の長旅。人里離れた、まさに秘境といった、そんなところに大陽寺さんはありました。といっても、立派な本堂や諸堂が立ち並ぶ、想像していたよりも大きなお寺です。

 到着してしばらく雑談のあと、最初の修行、座禅タイムとなりました。私自身、初めての座禅で緊張していましたが、ご住職の丁寧な説明のおかげで戸惑うこともなく始めることができました。

 ひたすら呼吸に集中していると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。10分ってこんなに短かったっけ? といった感じでした。また、夕方になり(12月で)急激に気温が下がっていくのも、座禅の間はさほど気になりません。

 しかし、座禅が終わると一気に寒さが襲って来ます。集中しているときとそうでないとき、これほどまでに環境に左右されるのかと、人の心の不思議さを感じました。「心頭滅却すれば、火もまた涼し」自分と一緒にしちゃいけませんが、なんとなくわかったような気がしました(ちょっと言い過ぎかも)。

 座禅に引き続き、夕方のお勤めが始まります。外はすでに真っ暗。気温もどんどん下がっていきます。座禅堂の隣のお堂で、真っ暗な中ご住職の読経が始まります。太鼓のリズムと読経の声が混じりあい、まるで音楽を聴いているかのようでした。しかし、寒い。さすがに集中力は座禅で使い果たしてしまったようです。(ヘタレです(T_T)

 本堂に戻って御本尊様の前でもお経を捧げます。こちらは非常に早口。こんなに早いお経を聞くのは初めてです。寒いから早く終わりたいのかな? などと不謹慎なことを考えてしまいました(集中力0です)。

 お待ちかねの夕食まで、ストーブを囲んで談笑。あまりの寒さにみんなストーブから離れません。火のありがたさをしみじみと感じました(おそらく皆さんもそう思ったはず)。

 夕食は期待通り、精進料理です。派手さはありませんが、いい意味で素朴な、野菜の自然な甘さを堪能できるものでした。また、冷えた体に沁みわたる、あたたかいけんちん汁がとてもおいしかったです。

 どうでもいいことですが、そのとき般若湯をいただいておりまして、寒いとあまり酔わないということも知りました( ̄ー ̄)

 夕食後は星空観賞会。街中では見ることができない、頭上を覆う一面の星空。これを見ただけでも十分に来た甲斐があったかもしれません。こうして秩父の夜は更けて行きました。といっても、この時点でまだ9時くらいだったような気がします。

 翌朝、布団から出るのが本当に辛かったのですが、みんなてきぱきと布団を片付けます。誰が言うともなく、整然と布団を積んで行きます。お寺のなせる業なのか、不思議なくらいに一体感があったような気がします。

 本堂でのお勤めの後はヨガの時間。座禅に引き続き、ヨガも初体験。体が硬いのに加えて、あまりの寒さ。ポーズがとれません。死ぬかと思いました。動かすたびに関節のギシギシ鳴る音が忘れられません。暖かい部屋でやると、もっと違うのかもしれませんね。

 その後、朝食をとり2回目の座禅。少しコツを覚えたのか、前日よりも集中しやすいのですね。川のせせらぎや鳥の声に包まれて、穏やかな気持ちになれました。いつもこんな気持ちでいられたら、、、と思わずにいられません(T_T)

 そして大陽寺さんともお別れかと思いましたが、ご住職とのトークタイムがありました。ご住職のぶっちゃけトークもあり、お寺との距離感が一気に縮まりました。

 ご住職の言葉の中で印象に残ったもので、「直心是道場」というものがありました。「心持ち次第でいたるところが修行の場となる」という意味だそうです(たぶんこんな感じだと思います(;´∀`) 。いつもは無理としても、たまにはこの言葉を思い出して、少しでも成長できるように、そんな気持ちを持っていられたら、と思いました。

 だらだらと書き綴ってしまいましたが、一言でいえば、「寒かったけど、とても楽しかった!」久々に充実した休日を過ごせました。
宿泊者の声

 太陽寺は秩父の山奥にひっそりたたずむ禅寺。秩父十三仏霊場、しゃくなげ寺と呼ばれ 太古の昔より神々が宿ると云われる三峰のその一角に、天狗が住むといわれた秘境にある。

 山にはカモシカや鹿なども沢山生息しており、埼玉にありながら手付かずの多くの自然が残されている。昔から多くの修験道があり、山岳信仰の元、こちらのお寺にも沢山の修行僧が訪れたという。

 時は250年流れた、修行僧が寝起きした本堂で私は座り、お茶をいただいている。日差しが入り込みぽかぽかと暖かいのだが、太陽はもうすぐ山の陰に落ちそうになっている。山の夜は早い。

 お香の香りの中、今夜はここで一晩過ごすことになる。そして、禅堂では座禅とヨガを通じて修業をする。日常にはない、きりりとした時間を自然の中で過ごすことになるのだろう。

 禅とはお釈迦様が深い瞑想の元に悟った無我の境地を、座禅や作務をとおして体験し自覚すること。こだわらず、とらわれず、迷いも欲望も苦悩もない、天地と同化した絶対的な境地。それは人間が本来もつ清浄な仏心そのもの。禅の修業はそこをめざすとの教えにあるようだ。

 最近の私の興味は「瞑想」にあり。外界からの情報が多すぎる今、それに対応できずパニックになる。焦りと不安が付きまとう。これがストレスというものなのだろう。私は瞑想を通じてこのストレスフリーを目指している。

1. ヨガで数え切れないほどのポーズを作り、呼吸を通じて自分の中心に意識を集中していくとランナーズハイのような気分になり、体は勝手に動き、意識から解放される。

2. 太極拳で手足をアシンメトリーに動かしていくと、頭の中は空っぽになっていく(まだ初心者だからかもしれないが、、、、)

3. お経や倍音を大きな声で読む。通常のストレスは一気になくなる。大声で笑うと同じ幸せな状態に。

 座禅はまったく別のやり方から入る、瞑想とのことのようだ。ただただ静かに座り、自分の中心を見つめること。住職さん曰く、体は仮の姿にあり、自分自身の自然な姿に出会うのは、あらゆるものから解放されて自由になったときだという。

 禅という言葉の持つ響きが、静寂さを感じるのは私だけだろうか? 人里離れた森中、ひっそりたたずむ禅室の窓からは、絵画のように山並みがみえる。座禅やヨガを行なっている中、風の音や、鳥のさえずりだけが部屋を駆け巡る。季節によって聞こえてくる音も、においもきっと違うのだろう。今は12月、室内は広く、吐く息も白い、手足の感覚さえもなくなってきた。住職さん曰く、この厳しさがなくては修行にならないということだ。

 夕食は精進料理をいただくが、寒くてコートを脱ぐことはできない。障子一枚で外界と仕切られたような本堂は、外のような寒さで味噌汁はあっという間に冷めてしまう。熱いお茶が唯一の頼みとなっていく。

 食事の後の露天風呂は最高だった。星座もわからないほどの数の星を見ながら、体がぽかぽかになるまで湯につかる。体の熱を逃がさんとばかりに、即効で布団に入ったことはいうまでもない。

 布団の中で、人間の持つ知恵の偉大さを考えた。知恵のおかげで便利な世の中になった。しかし、大切なものが沢山失われてきている。フリースもカイロもあったかい靴下も持ち合わせていない私の明朝の修業は、めっちゃくちゃ寒いのだろう。知恵を振り絞り、寒さから解放される「暖」をとる手段を真剣に考える自分に、単純でいいなあと感心してしまった。
宿泊者の声

 三峰口からバスに乗り、そこからご住職に迎えにきていただいたのですが、大人数のため2組に分かれ、私は後半組でした。ドライブインにはサービス精神旺盛な地元の方がいろんな話をして下さり、待ち時間も退屈させません! 実際大陽寺に着いたのは14時半頃で、予定の写経が体験できず残念でしたが、埼玉とは思えぬ山深きお寺でしばし休憩&歓談。

 その後、(12月で)日が暮れるにつれて体感温度がどんどん下がる中、座禅堂にて座禅を開始。目は半眼の状態で視線は前方を見るようにと言われましたが、半眼になると眠気が襲ってきてしまい大変でした。警策は希望者のみでしたが、ほとんどの方が叩いてもらっていたように思います。私は勇気がなくてお願いできませんでしたが・・・。

 楽しみにしていた精進料理はどれも優しいお味で、特にまいたけの天ぷらが揚げたてで美味しかったです。宿坊なのにアルコールもOKでお酒を飲まれた方もいらっしゃいました。

 夕食が早いので、その頃まだ8時くらいだったように思います。星空を全員で観にいきましたが、こんなに瞬く星空を見たのは八ヶ岳に行ったとき以来でとても感動しました☆

 翌日は6時45分からの読経で始まりました。お勤め=ぞうきんがけや庭掃除を想像していたので、いささかホッとしつつ(笑)その後早朝ヨガを体験。

 これが予想以上の寒さ! の中、先生に言われるまま何とかポーズ(になっていたかどうかは微妙)をとります。足の裏から寒さが体に沁みわたり、まるで氷の上を歩いているような気分。体はほぐれるどころか硬直する一方で、気分はまさに修行僧でした(実際はもっと過酷だとのこと。ひええ)。

 2回目の座禅は食後のせいか? 少し慣れてきたからか、昨日よりは集中できたかなと思います。鳥の声や風の音といったものに耳を澄ましていると、あと数時間後には都会の喧騒の中に戻る自分が想像できないほど静謐な空間でした。

 ご住職の貴重なお話も聞けましたし、自分を叱咤するにはいい機会で、今までにない体験をさせていただきありがとうございました。
宿泊者の声

 大陽寺宿坊・一泊体験しての印象は、あらゆることに不平・不満を見出してしまう時には非常に厳しい場所であり、あらゆることに楽しみを見出して楽しんだり面白がったり出来る時には非常に豊かな場所・・・でした。

 携帯は圏外、テレビもありません。お寺の周りには余計なネオンサインも明かりもなく、夜にはきれいな月明かりと星空が広がっていました(ちなみに、星がたくさん瞬く夜空を見たのは自分史上、初)。

 聞こえる音は遠く水音や鳥のさえずり、風音など耳に心地よいものばかり。余計なノイズ一切なしという非常に貴重な有難い空間で、脳が非常に癒されました。もちろん自分リセットだけでなく、里での修行がどれだけ出来ているか、と自分レベルのチェックも可能(^^;

 (12月で)寒さに意識が行って、もういやだよ〜(@@)と不平を言いそうな瞬間に助けになったのは、人と人との愉快な交流・・・大人数でしたが“合宿”みたいな感じで楽しかったです。一人で訪れるのとは違う良さが体験できました。

 宿泊した本堂は江戸時代の建物。当時の雰囲気が現代にもまだ生きている空間です。境内には閻魔堂・座禅堂・宝物館などがありました。閻魔堂内の彫刻や宝物館のチーム左甚五郎彫り物群は立派なもので見ごたえ充分。ただ、保存修復作業がなされればもっと良いのにな〜、とちょともったいなくも思ったり・・・

 座禅は最初にとても分かりやすい説明がありました。ご住職の指導は初心者もリラックスして出来るようにと、厳しいものではありません。

 で、山の清らかな空気がまんべんなく流れ込む堂内で、10分区切りで4回程座ったのですが、夕方のどんどん冷え込んでゆく寒さの中の座禅、朝の太陽が少しずつ昇りゆく寒さの中の座禅、と、正直慣れない寒さに軽く、気分は修行僧。ストイックモードに・・・。歓談時のご住職のお話によると、本当の修行はこの何倍も厳しいです。スゴイ・・・

 早朝ヨガもなかなかに修行っぽかったです(^^) 寒さで、合掌の際両手の小指が伸びない程。ありのままの自然の空気と一体になった瞬間(笑) 全てをあるがまま受け入れる(!?)・・・これもまた貴重な体験なり。朝晩の精進料理もご住職の手作りで本当に美味しかったです。

 体感温度はとても寒かったですが、大陽寺ご住職のお人柄もあり、豊かな自然と素朴なお寺の雰囲気もあり、心に温かさが残る非常にリラックスした宿坊体験でした。
宿泊者の声

 言ってどうなるものではない、と知りながら、(12月の宿泊で)寒い、寒いと言い続けでした。ちょうど寒波が来ていたようで、平地にいても寒かったようですから、秩父山中はなおのことです。

 座禅を窓を開け放した道場で行いました。野外で座っているのと同じです。ただ、不思議と座っている間はさほど寒くはありませんでした。が、途中の休憩時間になると、とたんに寒さを感じます。まあ、私なんぞに心頭滅却、できようはずはなく、自然に添うて行くのは大変です。

 普段は住職1人でお寺を守っていらっしゃるとのこと。今回は大勢で行ったので大変だったのではないでしょうか。今回はお手伝いの方お一人いらっしゃいましたが、座禅の面倒から食事の支度、我々の送迎ドライバーと、何から何までこなす、という感じです。禅の実践、という小説やらで出てきそうなことを目の当たりにしたような気がします。

 優秀な和尚様は、早朝や晩に勤めをこなし、昼間は寺を訪ねる人の相手をするらしい。すると、訪ねた人達は、「和尚は暇そうだ」、と思って安心して話をするそうな。してみると、やはり寺に泊まって、朝課、晩課を見てみる価値はあります。お坊さんは、けして暇ではないと(もっとも、本当に暇なお坊さんもいるかもしれませんが・・・)。今回も、お寺に居てみて感じ取ることが多かったように思います。

 さて、下界に戻ってみれば、大陽寺での1日は、正に結界を越えた別空間でのひとときという感じです。日常を切り離して、たくさんの刺激を受けることができました。なぜか、また、あそこで座禅を組んでみたい気分になります。ただし、もう少し気候の良いときに。振り返ってみれば、「ああ、面白かった」という感じです。
宿泊者の声

 太陽寺合宿を終えて(←宿坊だから言葉は間違ってませんよね?)、現地で自分が撮ったそう多くはない写真を並べて見たが、こんな写真では、体験したあの感じは分らないな。と思った。何だか浮世離れした体験だった気がする。(12月で)寒かったけど、それさえ楽しかった。撮った本人でさえ、写真からは自分の体験が感じられないのだから、人様に伝える事はなおのこと難しいだろう。どう報告しよう?

 秩父の先、とは聞いてたけど電車に乗ってバス乗り継いで、お山の入口から実際にお寺に着くまでが奥深い深い。後ほどご住職から伺った太陽寺の開祖の、都から東国へそこから更に奥へ奥へと落ち延びていった皇子の伝説がリアルに身に迫る。境内に立つと周囲をぐるりと山で囲まれた正に隠れ寺。空が近い。明るさは続くが太陽は早々に山間に姿を消す。

 宿坊での体験プログラムはどうだったか。

 座禅の時間は風通しのいいお堂の中、皆並んで座る。呼吸に気を配り半眼になって無になろうとしている間は寒さは感じない。ところが休憩に入り歩き回っていると寒さが襲ってくるのが不思議だ。山上から日がさしてきた瞬間、全身に浴びた朝日の熱量を感じ、お天道様に感謝。何度か座ることと休憩を繰り返すが、いい状態になれそうでなれないところが癖になる。もう少し続けたら、何かつかめるような気がするんだけどなあ。<?

 ヨガにも参加したものの、自ら認める体の固さから背中や脚が伸びずポーズが決まらない。普段からヨガを嗜む方々は、さすがにビシッとポーズが決まっていてカッコいい。ひたすら自戒。

 朝課・晩課では住職のお勤めに、一緒に目を閉じ手を合わせて参加する。しかし合掌した私の心の中には雑念が多い。「ここのお経結構スピード感があってカッコイイなあ。お経の声の良さって大事だなあ」「お経を読みながら、複数の太鼓・鐘でいい合いの手が入っているけど、どうやってるんだろう?」「今日は大勢参加しているけど、住職は一人でも毎朝毎晩こうして仏様にお経を上げてらっしゃるんだなあ」自分は前列に座っていたため、読経の様子が拝見できなかったのは少々残念。

 朝晩いただいた精進料理も手作り甘酒も露天風呂も、お寺の少ない人数で手を尽くしてもてなして頂いた実感がありました。気候こそ寒かったけど、皆と肩を寄せ合って色々な体験が出来たことは、お寺のおもてなしと相まって心の中ではとても温かい思い出になりました。ぜひまた参加しようと思います。
宿泊者の声

 大陽寺は秩父の山の中ということだったので、私の好きな場所があったら嬉しいなと思いつつ出発しました。木が多いところは私が好きな場所が多いからです。到着すると、早速見つけました。大陽寺内から見える大陽寺門へ続く山道です。細い道で、高い木々や草の中の木漏れ日が暖かく、心地よいところで深く呼吸すると、体中の流れがよくなっていく感じがして嬉しくなりました。

 プログラムの中で楽しみにしていたのは座禅です。座禅を10分したら足を休めるために歩き回るのですが、座禅の状態から足を崩して立つ時、足に痺れが来ていたので辛かったです。でも座禅をしている間は呼吸のみに集中していたので、寒さも足の痺れも感じることなく居ることができました。背筋が自然に伸びるような空気の中、座することができてとても幸せでした。

 あと、住職のお勤めに参加したときの、空気を振るわせるようなお経と太鼓の音。住職のいるところから、波立つように、輪を広げるように、音が広がっていく感じがして心が沸き立ちました。住職を直に感じることができるときだったなぁと私は思っています。

 また、朝晩の精進料理もおいしかったです。私も家でこれぐらい作れたらなぁと。日々の忙しさにかまけて手抜きとなっているので、、大事な「食」を大切にしたいと思いました。ゆっくり自分の意識を変えていきたいです。

宿泊者の声

 太陽寺ですが、皆さんが書かれているように非常に山深い静かな環境の中にありました。泊めさせて頂いた本堂は、外界と隔てるものは障子一枚という、近代住宅に慣れ親しんだ私には信じがたいモノでした。それでもストーブを焚き、その周りに人が集まってくると温かさを感じて、安心して二日間を過ごす事が出来ました。

 座禅堂はその障子すらも開け放たれ、奥秩父の自然と一体になれる環境になっていました。最初訪れた時はこの環境を目の当たりにし、果たして自分は座禅に集中出来るだろうかと不安になりました。警策をして頂く事で、集中が途切れそうになる自分を励ましていたように思います。

 太陽寺の浅見住職は夕食・朝食の精進料理、二日目の甘酒や露天風呂まで何でも自分で作ってしまう素敵な方でした。その事をお話したら「自分で出来ないと、ここではやっていけないから」とサラッと肩を張らずに仰っていたのが印象的でした。

 冬期は休業されているそうですが、違う季節にまた訪れたいと思える太陽寺でした。


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